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昭和歌謡と銀座
―憧れはネオンの中に―
タブレット純(芸人・歌手)
半田 健人(俳優)
湯浅 学(音楽評論家)
歌謡曲の定義
湯浅 私は昭和三十二年生まれ。音楽評論家や「幻の名盤解放同盟」という活動をしているなかで、銀座と昭和歌謡として最初に思い浮かぶのは、黒沢明とロス・プリモスの『たそがれの銀座』(一九六八)かなあ。それから和泉雅子さんと山内賢さんの『二人の銀座』(一九六六)。どちらも当時は普通に耳に入ってきました。
タブレット 湯浅さんはリアルタイムで聴いていた世代ですものね。
湯浅 そう。今でも口ずさめます。普通にお風呂で歌う(笑)。
半田 銀座を舞台にした歌はたくさんありますが、不思議と定番の歌になりますよね。それだけこの街が特別な象徴だったんだと思います。
湯浅 実際の街というか空想の街、に近いものがあるよね。若いころは自分のお金で飲みに行く街でもなかった。だから実体験というより、映画や歌の中でイメージを育てていた。しかも、日本全国に○○銀座という商店街があるでしょう。それだけ「銀座」という言葉自体が、一つのブランドになっていたんだよね。
タブレット 発展している街、おしゃれな街の代名詞だったんですよね。ぼくは昭和四十九年生まれなのですが、小学生のころ、図鑑に昭和四十年代の銀座の夜景写真が載っていて、それが大好きだったんです。その写真と当時好きだったお相撲の麒麟児の写真を透明な下敷に入れて学校へ持って行っていたくらい(笑)。 |